コロナ後のPPP契約設計 — 不可抗力条項と需要変動条項の新たなスタンダード
コロナ禍は空港コンセッション事業の売上6割減、25社の赤字転落という形でPPP/PFI契約の構造的脆弱性を露呈させた。内閣府の不可抗力認定通知、ガイドライン三本一括改正、令和4年PFI法改正による実施方針変更手続の新設、そして令和7年アクションプランの「フェーズフリー」構想まで、ポストコロナの契約設計の全体像を解説する。
ざっくり言うと
- コロナ禍は空港コンセッション事業を直撃し、空港ビル会社46社中25社が赤字転落。PPP/PFI契約における不可抗力条項と需要変動リスク分担の構造的欠陥を露呈させた
- 内閣府は2020年7月にコロナを「基本的に不可抗力」と認定し、2021年6月にガイドライン三本を一括改正。感染症を不可抗力に含め得ることを明示した
- ポストコロナの契約設計では、感染症の明示列挙・収益連動型の運営権対価・再交渉条項の標準化が求められる。令和7年アクションプランは「フェーズフリー」の思想を掲げ、平常時と危機時を区別しない設計への転換を示唆している
コロナで露呈した「20年契約の盲点」
空港コンセッション事業の売上6割減が突きつけた、長期契約の構造的脆弱性
62.6
空港ビル会社46社の売上高減少率(2021年3月期)
25
最終赤字に転落した空港ビル会社数(46社中)
345
関西エアポートの最終損失(2021年3月期)
3
2021年6月に一括改正されたPFIガイドライン数
2020年、新型コロナウイルスの世界的流行は PPP/PFI 事業の前提を根底から揺るがした。とりわけ深刻な打撃を受けたのが空港 コンセッション 事業である。
東京商工リサーチの調査によれば、空港ビル会社 46社 の2021年3月期の売上高合計は 864億円(前期比 62.6%減、減少額1,451億円)にまで落ち込んだ。乗降客数は前期比 72.9%減 の4,120万人。46社中25社(54.3%)が最終赤字に転落した。
コンセッション空港の売上減少率は、高松空港が約51%減、仙台国際空港が約57%減、福岡国際空港が約66%減。関西エアポートは2021年3月期に 345億円の最終損失 を計上し、民営化以降初の赤字となった。年間約370億円の運営権対価の支払いが継続する中での収入激減は、事業の存続そのものを脅かす事態だった。
この衝撃は「20年超の長期契約において、パンデミックという事態を契約がどう扱うか」という根本的な問いを突きつけた。
なぜPFI契約はコロナに脆弱だったのか
不可抗力条項の設計不備と需要リスクの過大な民間集中という二重の構造問題
コロナ前の日本のPFI契約には、2つの構造的な脆弱性が存在していた。
第一に、不可抗力条項の設計不備。多くの契約は「天災地変」「暴動」「戦争」等を不可抗力事由として列挙していたが、「感染症」「パンデミック」「感染爆発」を明示的に含めていなかった。「疾病」という広義な文言すら記載されていない契約も少なくなかった。そのため、コロナが法的に不可抗力に該当するかどうかの判断が困難となり、損害分担の協議が長期化するリスクを抱えていた。
第二に、需要リスクの過大な民間集中。独立採算型・混合型のコンセッション契約では、需要変動リスクは原則として民間事業者が負担する設計であった。バンド方式(需要が一定範囲を超えて減少した場合の公共補填)や最低収入保証、収益連動型の運営権対価といったリスク緩和メカニズムは、日本のコンセッション契約にはほとんど導入されていなかった。
さらに、緊急事態宣言や自粛要請が不可抗力のトリガーとなるのか、行政指導に基づく自発的閉鎖は「法令変更」なのか「不可抗力」なのかという法的論点も未整理のままだった。20年以上の長期にわたる契約が、こうした想定外のリスクに対する備えを欠いていたのである。
日本政府の緊急対応: 通知・ガイドライン改正・支援措置
2020年7月: 不可抗力認定通知
内閣府民間資金等活用事業推進室は2020年7月7日、「PFI事業における新型コロナウイルス感染症に伴う影響に対する対応等について」を通知した。この通知は、コロナ禍で事業に支障が出た場合は 「基本的に不可抗力によるものと考えられる」 との公式見解を示した点で画期的であった。事業者との損害分担の見直し協議と、各種補助金の活用を地方公共団体に求めた。
2021年6月: ガイドライン三本一括改正
2021年6月18日、民間資金等活用事業推進会議は以下の3つのガイドラインを一括改正した。
- PFI事業におけるリスク分担等に関するガイドライン
- 契約に関するガイドライン
- 公共施設等運営権及び公共施設等運営事業に関するガイドライン
改正の核心は、 感染症等についても不可抗力に含まれ得ることの明示 である。加えて、不可抗力の具体的基準を「契約等で定めておくことが望ましい」とし、管理者と事業者で分担すべき損害には「物件以外の損害等も含まれる」ことを明確化した。「著しい事業環境の変化等により契約内容や要求水準等が著しく不適切となった場合は、柔軟・適切に対応することが望ましい」という柔軟性の原則も盛り込まれた。
空港コンセッションへの支援措置
国土交通省の支援施策パッケージは以下の内容を含む。
- 着陸料等の減免: 2021年度は国内線の着陸料・停留料・航行援助施設利用料を合わせて 9割減額(総額約900億円の負担軽減)
- 運営権対価の支払猶予: 北海道エアポートは2020年度・2021年度分を2年間猶予し、2023年度以降5年分割に変更。福岡国際空港も支払猶予を実施
- 無利子貸付: 空港施設整備費用への無利子貸付
これらの緊急対応は、制度上の不備を事後的に埋める措置であった。裏を返せば、契約段階で適切なリスク分担メカニズムが設計されていれば、ここまでのアドホックな対応は不要だったともいえる。
海外の対応: 英国は「不可抗力でない」と宣言した
英国政府(Infrastructure and Projects Authority)は2020年4月、日本とは対照的な方針を打ち出した。
「COVID-19は不可抗力イベントとして扱わない」(is not, and is not to be, regarded as an event of force majeure)と明確に宣言したのである。
一見すると民間に厳しい方針に映るが、その代わりに以下の措置を講じた。
- ユニタリーチャージの維持: 官民間の定期支払い(ユニタリーチャージ)は継続することを基本方針とし、直近3ヶ月分を基準値として設定
- 罰則のモラトリアム: 2020年6月30日まで罰則点数・控除の一時的停止
- 追加コストのオープンブック調整: 消毒強化等に伴うコスト増はオープンブック方式で精算可能
この設計思想の背景は明快である。不可抗力を認定すると契約上の義務が一時的に免除され、プロジェクトファイナンスの安定性が損なわれる。英国は「事業者にサービス提供の最善努力を求め続ける」ことと「キャッシュフローの安定を保証する」ことをセットにすることで、不可抗力認定なしに事業継続を可能にした。
日本が「不可抗力と認定した上で損害分担を協議する」アプローチを取ったのに対し、英国は「不可抗力を認定せず、代わりに具体的な緩和措置を即座に提供する」アプローチを選んだ。どちらが優れているかという問題ではなく、長期契約における危機対応の設計思想が根本的に異なることを示す好例である。
ポストコロナの契約設計: 何が変わるべきか
コロナの教訓を踏まえ、PPP/PFI契約の設計において以下の改善が求められる。
1. 感染症・パンデミックの明示列挙
不可抗力条項に「感染症の流行」「パンデミック状況」「感染爆発」を具体的に列挙する。「疾病」という広義の文言では、発動の可否を巡って解釈が割れる。政府の緊急事態宣言発令・施設閉鎖命令等の発動トリガーも契約に明記すべきである。
2. 収益連動型の運営権対価
固定額の運営権対価は、需要激減時に事業者の経営を直撃する。国土交通省が提示した改善策は、収益や旅客数と連動させる方式の検討を含む。好調時の超過収益を共有するプロフィット・シェアリングと、大幅な収益悪化時に行政がリスクを一部負担するロス・シェアリングの双方向の仕組みが有効である。
3. 再交渉条項の標準化
PPP契約は本質的に不完備契約であり、20〜30年を完全に規定することは不可能である。需要が基準値の一定割合(例えば50%)を下回った場合に再交渉協議を開始する義務を双方に課す「再交渉トリガー」、協議から合意に至るまでの最長期間と調停・仲裁への移行条件、オープンブック方式による財務情報の共有義務を契約に組み込むべきである。
4. 令和4年PFI法改正の活用
令和4年PFI法改正(2022年12月公布)は、公共施設等運営事業に関する 実施方針の変更手続 を新設した。コロナ等の著しい事業環境変化が発生した際の契約改定について、制度的根拠が明確化されたことの意義は大きい。この手続を活用した柔軟な契約運用が今後の鍵となる。
5. 需要管理型不可抗力の導入
従来の不可抗力条項は物的損害(建物・設備の毀損)を主な補償対象としていたが、コロナのように物的損害を伴わない需要・収益の減少についても補償対象とする条項の追加が必要である。
令和7年アクションプランが示す方向
平常時と危機時を区別しないフェーズフリーの思想
PPP/PFI推進アクションプラン(令和7年改定版)は4本柱で構成されるが、注目すべきは第4の柱 「フェーズフリーの視点を取り入れた官民連携」 である。
「フェーズフリー」とは、平常時と災害時のフェーズを区別しない設計思想を指す。PPP/PFI事業が災害時にも機能するよう、レジリエンスを契約構造に組み込む考え方である。コロナで露呈した「平常時前提の契約が危機時に機能しない」問題への制度的回答といえる。
内閣府のデータによれば、令和2年度に 59件 まで落ち込んだPFI実施方針公表件数は、令和4年度には69件まで回復し、累計は 1,004件(うちコンセッション48件)に達した。令和4〜13年度の事業規模目標は 30兆円 に設定されている。
この回復と成長目標の達成には、コロナの教訓を契約設計に反映し、「危機時にも機能する契約」を標準化することが不可欠である。フェーズフリーの思想は、防災だけでなくパンデミック対応を内包した契約設計への転換点となる可能性を持つ。
まとめ
長期契約の本質的不完備性を前提とした「協議の制度化」の必要性
コロナ禍がPPP/PFI契約に突きつけた問いの本質は、「長期契約の不完備性をどう制度的に補うか」である。
20年超の契約でパンデミックの発生時期・規模・期間を予見することはできない。重要なのは、「想定外の事態が発生した際に、官民が迅速かつ公正に協議できる枠組み」を契約構造に埋め込むことである。不可抗力条項への感染症の明示列挙、収益連動型の運営権対価設計、再交渉条項の標準化、そして令和4年PFI法改正による実施方針変更手続の活用。これらは個別の改善ではなく、「協議の制度化」という一つの設計思想のもとに統合されるべきである。
世界銀行が提言するように、パンデミック後のPPP契約設計に求められるのは、リスクを一方に押し付ける設計ではなく、官民が共にリスクを可視化し、変化に応じて調整する仕組みの構築である。民間のリスクテイクを持続可能にするための公共の役割が、今まさに問われている。
おすすめ書籍
インフラ投資 PPP/PFI/コンセッションの制度と契約・実務 — PPP/PFI/コンセッションの法制度・契約構造・実務プロセスを体系的に解説した一冊。不可抗力条項やリスク分担の設計を含む契約実務の全体像を把握できる。
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参考文献
PFI事業における新型コロナウイルス感染症に伴う影響に対する対応等について — 内閣府 民間資金等活用事業推進室 (2020)
PFI事業におけるリスク分担等に関するガイドライン(令和3年6月改正) — 内閣府 民間資金等活用事業推進会議 (2021)
Supporting vital service provision in PFI/PF2 contracts during the COVID-19 emergency — UK Infrastructure and Projects Authority (2020)
COVID-19 and Public-Private Partnerships Practice Notes — World Bank PPP Resource Center (2020)
空港ビル会社 コロナ禍直撃で売上6割減、半数超が赤字転落 — 東京商工リサーチ (2021)