真鶴町×エンジョイワークス — 人口6,000人の港町が選んだスモールコンセッション
神奈川県真鶴町(人口約6,000人)とエンジョイワークスによるスモールコンセッション事業を構造分析。国交省「スモールコンセッション形成推進事業」採択第1号として、旧民俗資料館(旧土屋邸)の利活用に向けた町民参加型ワークショップと事業者育成型公募の設計を解説。
ざっくり言うと
- 真鶴町は2024年にエンジョイワークスと包括連携協定を締結し、国交省「スモールコンセッション形成推進事業」のパートナー専門家として採択された第1号案件である
- 対象施設は旧民俗資料館(旧土屋邸)であり、石材業で栄えた土屋家の旧宅を2024年9月の閉館後にスモールコンセッションの枠組みで民間活用を目指す
- 「事業者育成型公募」と町民参加型ワークショップにより、公募要件を町民自身が設計するプロセスが、小規模自治体の官民連携の新しいモデルを提示している
真鶴町とスモールコンセッション
人口約6,000人の港町が遊休公共不動産の活用手法としてスモールコンセッションを選択した背景
約6,000人
真鶴町の人口
225m²
旧土屋邸の延床面積
2024年
包括連携協定締結
第1号
国交省スモールコンセッション形成推進事業
神奈川県足柄下郡真鶴町は、東京駅から約1時間半に位置する人口約6,000人の港町である。相模湾に面した風光明媚な町だが、都心に最も近い「過疎地域」とも呼ばれ、人口減少と公共施設の維持管理が喫緊の課題となっている。
この町が、遊休公共不動産の活用手法として選んだのがスモールコンセッションである。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 神奈川県足柄下郡真鶴町 |
| 人口 | 約6,000人 |
| 町長 | 小林伸行(2023年着任) |
| 対象施設 | 旧民俗資料館(旧土屋邸) |
| 連携事業者 | 株式会社エンジョイワークス |
| 協定締結 | 2024年9月 |
| 国交省事業 | スモールコンセッション形成推進事業採択 |
なぜスモールコンセッションか
PPP/PFIの従来型スキームは、事業費が数十億円規模の大型プロジェクトを想定して設計されている。人口6,000人の自治体が保有する遊休不動産——延床面積225平方メートルの木造2階建て——は、従来型の枠組みには収まらない。
スモールコンセッションは、こうした小規模な遊休公共不動産について、所有権を自治体が保持したまま、施設の運営権を民間事業者に設定する手法である。2024年に国土交通省がプラットフォームを設立し、専門家の派遣や事業形成の支援を行っている。
真鶴町の事例は、このプラットフォームのパートナー専門家としてエンジョイワークスが採択された第1号案件である。
エンジョイワークスとの連携
2024年9月の包括連携協定締結と国交省事業採択の経緯
なぜエンジョイワークスなのか
エンジョイワークスは鎌倉を拠点とするまちづくり企業であり、クラウドファンディングプラットフォーム「ハロー! RENOVATION」の運営を通じて、民間資金による遊休不動産の再生実績を持つ。真鶴町がこのパートナーを選んだ背景には、「お金を集める力」と「住民参加の設計力」の双方を持つ企業が必要だったという判断がある。
包括連携協定の構造
2024年9月28日、真鶴町とエンジョイワークスは包括連携協定を締結した。この協定は単一施設の活用にとどまらず、町が保有する遊休不動産全般について、地域住民自らが事業者となりうる仕組みの構築を目指すものである。
エンジョイワークスの3つの専門性
1. クラウドファンディング
「ハロー! RENOVATION」は、不動産再生に特化したクラウドファンディングプラットフォームである。行政の予算制約がある中で、市民からの小口資金を集める仕組みは、小規模自治体の施設活用において有力な資金調達手段となる。
2. 不動産再生の実務
建築士事務所としての一級建築士を擁し、遊休不動産の再生——設計・改修・運営——を一貫して手がける実務力がある。真鶴町の旧土屋邸のように、歴史的建造物の価値を残しながら新しい用途に転換する技術が求められるケースでは、この専門性が不可欠だ。
3. 住民参加の設計力
エンジョイワークスの最大の特徴は、施設の活用方針を住民参加型で設計するプロセスデザインの力である。専門家が「答え」を提示するのではなく、住民が自ら「何をしたいか」を考えるワークショップを設計・ファシリテーションする。
旧土屋邸の歴史と課題
石材業で栄えた土屋家の旧宅から民俗資料館へ、そして閉館と活用課題
石材業の歴史を体現する建造物
旧土屋邸は、真鶴町で石材業を営んだ土屋家の旧宅である。真鶴町は古くから「本小松石」の産地として知られ、石材業は町の基幹産業であった。旧土屋邸はその石材業の繁栄を物語る歴史的建造物であり、木造2階建て延べ225平方メートルの規模を持つ。
民俗資料館としての役割
1986年に民俗資料館として開館し、真鶴町の歴史・文化・生業に関する資料の保存・展示を行ってきた。しかし、建物の老朽化が進み、維持管理コストが増大する中で、2024年9月末に閉館に至った。
活用の課題
旧土屋邸の活用には、以下の構造的課題がある。
老朽化への対応: 木造建造物の老朽化は、改修費用と利活用のバランスを慎重に設計する必要がある。歴史的価値を残す改修は、新築よりもコストが高くなりやすい。
事業規模の制約: 延べ225平方メートルの施設から得られる収益には限界があり、大規模な商業施設としての活用は現実的でない。小規模ながら持続可能な事業モデルの設計が求められる。
地域の意向との整合: 土屋家の旧宅という歴史的意味を持つ建物であるため、その活用方法は地域住民の思いと整合する必要がある。外部資本が一方的に活用方針を決定することへの抵抗感は、小規模コミュニティにおいて特に強い。
事業者育成型公募の設計
「選んで終わり」ではなく地域ぐるみで伴走支援する公募スキーム
「選んで終わり」ではない公募
真鶴町×エンジョイワークスのスモールコンセッションが従来の公募と異なる最大のポイントは、「事業者育成型公募」というスキームを採用した点にある。事業者を選定したら終わりではなく、選定後も地域ぐるみで伴走支援を行う仕組みだ。
従来型公募の限界
人口6,000人の町の遊休施設に対して通常の公募を行った場合、「応募者ゼロ」あるいは「意欲はあるが経験・資金が不足する事業者しか来ない」というリスクが高い。大手企業にとっては事業規模が小さすぎ、地元の個人にとってはノウハウや資金のハードルが高い——このミスマッチが小規模自治体の遊休施設活用を阻む構造的障壁である。
事業者育成型公募の構造
事業者育成型公募は、このミスマッチを解消するために設計されたスキームである。
- 事前の学習プロセス: 公募前にワークショップや勉強会を実施し、応募予定者が事業計画の精度を高められる機会を提供
- 伴走支援の明示: 選定後もエンジョイワークスが専門家として事業者をサポートし、事業の立ち上げから安定運営までを伴走
- 地域の巻き込み: 事業者単独ではなく、地域住民・行政・専門家のネットワークの中で事業を運営する構造を最初から設計
この仕組みは、「完成された事業者を選ぶ」のではなく「地域とともに事業者を育てる」というアプローチであり、人口6,000人規模の町の現実に即した制度設計だ。
町民参加型ワークショップ
公募要件を町民自身が設計するプロセスの構造と意義
公募要件を町民が設計する
旧土屋邸のスモールコンセッションで最も革新的なのは、公募要件を行政やコンサルタントが設計するのではなく、町民参加型ワークショップを通じて町民自身が設計した点にある。
ワークショップの構造
真鶴町では「旧土屋邸を未来につなぐ」をテーマにワークショップが開催され、町民が公募要件について意見を出し合った。その結果、8つの公募要件が町民の手で作り上げられた。
町民参加の構造的意義
公募要件の設計に住民が参加することの意義は3つある。
1. 事業への当事者意識
自分たちが設計した要件で選ばれた事業者に対し、住民は「他人事」ではなく「自分たちが選んだ」という当事者意識を持つ。これは事業開始後の地域協力——顧客としての利用、口コミ、ボランティア——を促進する構造的効果がある。
2. 暗黙知の可視化
行政やコンサルタントが見逃しがちな「地域の暗黙知」——旧土屋邸に対する住民の思い、この場所で何をしてほしいか/してほしくないか——がワークショップを通じて可視化される。この情報は公募要件の精度を高め、結果として選定される事業者と地域の適合性を高める。
3. 合意形成の前倒し
施設の活用方針が決まった後に住民から反対が出るケースは多い。公募要件の段階から住民を巻き込むことで、合意形成のプロセスを前倒しし、「知らない間に決まっていた」という不満を防止する。
小規模自治体への示唆
スモールコンセッション導入の条件と、人口6,000人規模での実現可能性
スモールコンセッション導入の判断基準
真鶴町の事例は、人口6,000人規模の自治体でもスモールコンセッションが成立しうることを示している。ただし、成立するための条件は明確に存在する。
導入に適した条件
1. 活用したい遊休不動産がある
スモールコンセッションは「遊休不動産の活用」という具体的な課題を持つ自治体に適した手法である。「何か新しいことをやりたい」という漠然とした動機ではなく、「この施設をどうするか」という具体的な課題があることが前提だ。
2. 施設に何らかの「ストーリー」がある
旧土屋邸のように、地域の歴史と結びついた建造物は、単なる遊休不動産以上の価値を持つ。この「ストーリー」が事業者にとっての差別化要因となり、住民にとっての愛着の対象となる。
3. 専門家との連携が可能
スモールコンセッションの制度設計、事業スキームの構築、住民参加のプロセスデザインには、専門的な知見が必要である。真鶴町がエンジョイワークスと組んだように、外部専門家との連携が不可欠だ。国交省のスモールコンセッションプラットフォームは、この専門家マッチングを支援する仕組みとして機能している。
今後の展開
真鶴町の包括連携協定は、旧土屋邸にとどまらず、町が保有する遊休不動産全般を対象としている。旧土屋邸での事業モデルが成功すれば、他の遊休施設への横展開が可能になる。この「1施設の成功を複数施設に展開する」モデルは、小規模自治体にとって現実的な遊休不動産活用の道筋を示すものだ。
真鶴町の事例は現在進行形であり、旧土屋邸の事業者公募とその後の運営がどうなるかはまだ見えていない。しかし、「町民が公募要件を設計し、事業者を育てながら官民連携を進める」という設計思想は、事業の成否にかかわらず、小規模自治体の遊休施設活用の新しいモデルとして参照に値する。
重要なのは、スモールコンセッションの「制度」を導入することではない。「誰がこの場所をどう使いたいか」を住民自身が考え、その答えに基づいて事業者を選び、育てる——このプロセスの設計こそが、小規模自治体の官民連携の核心である。
スモールコンセッション完全ガイド
制度概要・導入フロー・活用事例を網羅
スモールコンセッション事例集
全国のスモールコンセッション事例を構造分析
参考文献
人口6200人の町で取り組む「スモールコンセッション」とは? (2024)
国土交通省「スモールコンセッション形成推進事業」に採択 (2025)