ざっくり言うと
- 2023年改正漁港漁場整備法(2024年4月施行)により「漁港施設等活用事業」が創設され、漁港の利活用に法的根拠が与えられた
- 従来の目的外使用許可(最長1年更新)から活用事業計画(最長30年)への移行により、民間事業者の長期投資が可能となった
- 糸島市が全国第1号の推進計画を策定。体験観光・直売・飲食・増養殖の5事業類型が制度化された
漁港をめぐる制度の壁
従来の漁港法が利活用を妨げていた構造的問題の解説
2,790
全国の漁港数(令和5年4月現在)
30
漁港施設等活用事業の最長事業期間
2
利用促進計画の策定済み地区数(令和7年3月末)
5
海業の事業類型数
日本には全国に約2,790の漁港が存在する。しかし、水産業の構造変化と漁業従事者の減少により、多くの漁港で施設の遊休化が進んでいる。
従来の漁港法(漁港漁場整備法)の下では、漁港施設は原則として「漁業上の利用」に限定されていた。漁港の敷地や水域を漁業以外の目的に使用するには、漁港管理者(都道府県知事または市町村長)による目的外使用許可を得る必要があった。この許可の最大の問題点は以下のとおりである。
- 許可期間の短さ: 目的外使用許可は原則1年、更新を重ねても長期の権利保障がない
- 投資回収の困難: 許可の不安定さから、民間事業者が設備投資に踏み切れない
- 法的位置づけの曖昧さ: 「目的外」という名称自体が、漁港での事業活動を例外的・消極的なものと位置づけている
- 補助金の適格性: 目的外使用では国の補助事業の対象とならないケースがあった
この構造が、漁港の利活用を制度的に阻む「壁」となっていた。
改正法の全体像
2023年改正の3つの柱と法律名の変更の意味
2023年改正の経緯
2023年5月26日に公布された改正法は、2024年4月1日に施行された。この改正は3つの柱で構成されている。
| 柱 | 内容 |
|---|---|
| 漁港施設等活用事業の創設 | 漁港の利活用に正面から法的根拠を付与 |
| 法律名の実質的変更 | 漁港漁場整備法の目的規定を改正し「漁港の利用の増進」を追加 |
| 水産業協同組合法の改正 | 漁協が海業を実施する際の法的基盤の整備 |
法律名に込められた意味
改正により、法律の目的規定(第1条)に「漁港の利用の増進」が追加された。これは単なる文言の修正ではない。従来の漁港法が「漁港の整備・保全」を主眼としていたのに対し、改正法は漁港を地域振興の拠点として積極的に活用する方向性を法的に明示したものである。
漁港施設等活用事業の制度設計
活用事業の定義・計画策定手順・事業期間・権利関係の詳細
定義
漁港施設等活用事業とは、漁港の漁業上の利用に配慮しつつ、漁港施設・漁港区域内の水域・公共空地を活用して、当該漁港に係る水産業の発展及び水産物の安定供給に寄与する事業である(改正法第4条の2)。
ここで重要なのは「漁業上の利用に配慮しつつ」という前提条件である。海業は漁業を代替するものではなく、漁業と共存・共栄する形で漁港の機能を拡張する制度として設計されている。
利用促進計画の策定
漁港管理者は、水産庁が策定した「漁港施設等活用事業の推進に関する基本方針」(2023年12月21日策定)に基づき、「利用促進計画」を策定できる。計画に定める事項は以下のとおりである。
| 計画事項 | 内容 |
|---|---|
| 推進の基本的な方向 | 漁港施設等活用事業の推進に関する方針 |
| 事業の内容 | 実施する事業の種類・規模・内容 |
| 実施期間 | 最長30年(従来の目的外使用許可の1年更新と比較して飛躍的に長期化) |
| 使用する施設・区域 | 活用対象となる漁港施設・水域・公共空地の特定 |
| 原状回復措置 | 事業終了時の施設・区域の原状回復に関する事項 |
| 漁業上の利用の確保 | 漁業との共存を担保する具体的措置 |
目的外使用許可からの移行メリット
| 項目 | 目的外使用許可(従来) | 漁港施設等活用事業(改正法) |
|---|---|---|
| 事業期間 | 原則1年(更新可) | 最長30年 |
| 法的位置づけ | 例外的・消極的 | 正面からの制度化 |
| 投資の安定性 | 更新拒否リスクあり | 計画に基づく安定的な権利 |
| 補助金適格性 | 限定的 | 国の補助事業の対象に |
| 金融機関の評価 | 低い(1年更新のため担保価値が認められにくい) | 長期事業計画による融資判断が可能 |
海業の5事業類型と収益モデル
5つの事業類型ごとの収益構造と成功要件
水産庁が公表した「海業の取組事例集」および全漁連の類型化事例を踏まえ、海業の5事業類型と収益モデルを整理する。
類型1: 渚泊・体験・観光
漁師の生活や漁村の文化を体験する宿泊・観光事業。漁師民宿、漁業体験ツアー、漁村散策ガイドなどが含まれる。
収益構造: 宿泊料+体験料。客単価1万〜3万円/人が目安。繁閑差が大きいため、通年型のコンテンツ開発が課題。
類型2: 釣り・マリンレジャー
釣り堀、遊漁船、シーカヤック、ダイビング等のマリンレジャー事業。
収益構造: 利用料+器材レンタル料。安定的な集客が見込めるが、安全管理体制の構築が必要。
類型3: 飲食・販売
水産物の直売所、食堂、バーベキュー施設等。
収益構造: 売上高に対する粗利率30〜50%。地元の水揚げとの連動が差別化の鍵。高知県室戸岬漁港では民間事業者が飲食施設を運営し、地域の集客拠点となっている。
類型4: 漁港活用の増養殖
漁港の静穏な水域を活用した陸上養殖・海面養殖事業。
収益構造: 初期投資が大きいが、安定的な収益が期待できる。水産庁の補助事業の対象となりやすい。
類型5: 市場見学・加工場活用
競りの見学、水産加工体験、6次産業化施設の運営。
収益構造: 体験料+加工品販売。教育旅行・インバウンドとの親和性が高い。
PPPとの制度的接続
スモールコンセッション・指定管理者制度との併用の法的整理
スモールコンセッションとの併用
漁港施設等活用事業は、スモールコンセッションとの親和性が高い。両制度に共通するのは以下の点である。
- 対象資産: 自治体(漁港管理者)所有の遊休不動産
- 事業規模: PFI法の適用には小さすぎる小規模事業
- 民間活力の導入: 民間事業者の創意工夫による利活用
実務上の連携パターンとしては、漁港管理者が利用促進計画を策定し、その中でスモールコンセッション方式による事業者公募を行うことが想定される。
指定管理者制度との関係
指定管理者制度と漁港施設等活用事業は、制度の根拠法が異なる(地方自治法 vs 漁港漁場整備法)が、実務上の併用は可能である。たとえば、漁港内の「公の施設」(休憩所・観光案内所等)に指定管理者を置きつつ、漁港の水域・空地での海業を活用事業として実施する、という組み合わせが考えられる。
第1号事例 — 糸島市
全国第1号の利用促進計画は、福岡県糸島市において策定された。糸島市は豊富な水産資源と福岡都市圏からのアクセスの良さを活かし、漁港を海業の拠点として位置づけた。この先行事例の動向は、他の漁港管理者にとって重要な参照点となる。
漁業都市の活用可能性 — 下田市を例に
下田市はキンメダイの水揚げ量で全国トップクラスを誇り、約47kmの海岸線に複数の漁港を有する。財政力指数0.46の下田市にとって、漁港施設等活用事業は新たな歳入確保の手段として注目に値する。
下田市における活用シナリオ
| シナリオ | 事業類型 | 収益源 |
|---|---|---|
| キンメダイの直売所・食堂の漁港内整備 | 類型3(飲食・販売) | 売上高の一部を施設使用料として徴収 |
| 漁業体験ツアーの制度化 | 類型1(渚泊・体験) | 体験料+宿泊連携 |
| 釣り船・マリンレジャーの拠点化 | 類型2(釣り・マリンレジャー) | 利用料+器材レンタル |
| 水産加工体験施設の運営 | 類型5(市場見学・加工場活用) | 体験料+加工品販売 |
留意すべき制度的ハードル
- 漁業者との合意形成: 漁港の利用調整は漁業者の理解なしには進まない。漁協との早期の協議が不可欠
- 漁港管理者の体制: 利用促進計画の策定・事業者公募・モニタリングを担う庁内体制の整備
- 観光との連携: 道の駅「開国下田みなと」等の既存観光拠点との相乗効果の設計
- 防災との両立: 津波対策との整合性の確保
ISVDの視点
改正漁港法が創設した「漁港施設等活用事業」は、約70年間にわたって漁業専用とされてきた漁港の門戸を、制度的に開いた歴史的な改正である。
しかし、法律ができただけでは港は変わらない。全国2,790の漁港のうち利用促進計画を策定した地区はまだ2つに過ぎない。漁業者の理解、漁港管理者の体制、民間事業者の参入意欲——この三者が揃って初めて、法改正の理念が現場に着地する。
特に財政力の低い漁業都市にとって、この制度は「漁港という既存ストックを活かす」という点で、新規投資を前提としないPPPの原点に立ち返る手法である。水産庁の支援制度を活用しながら、まず1港の実績をつくること。そこから始まる漁港再生の物語を、ISVDは伴走者として支えていきたい。
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参考文献
漁港漁場整備法の改正について — 水産庁 海業推進制度検討チーム (2024)
漁港における海業の推進への新たな制度 〜漁港漁場整備法の改正〜 — 笹川平和財団 海洋政策研究所 (2023)
漁港における海業の推進に向けた民間活力の導入について — 水産庁計画課 (2024)
海業の推進制度第1号案件の策定 — TMI総合法律事務所 (2025)
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