PFS/SIBの「その先」— 成果が出た事業はどこへ行くのか
国内PFS事業379件のうち、成果連動型の「実証」を終えた事業はどこへ向かうのか。岡山市・豊田市の国内事例、ピーターバラ・Aspire・HIV SIBの海外事例を横断し、成果連動から固定委託への移行構造、制度的課題、EBPMとの接続可能性を分析する。
ざっくり言うと
- 国内PFS事業は379件に到達したが、SIBは19件(約5%)にとどまる。認知率80%に対し実施率は10%未満という構造的な普及の壁がある
- PFS/SIBは永続するスキームではなく「エビデンス構築フェーズ」として設計されている。成果実証後の出口は固定委託化・継続・終了の3経路に分岐する
- 海外ではピーターバラSIB(政策変更で強制終了)、Aspire SIB(グラント移行)、HIV SIB(全国展開)と移行パターンが多様化しており、日本の制度設計に示唆を与える
379件の現在地
国内PFS事業の規模と構造。SIBは5%にとどまり、認知と実施の間に大きなギャップが存在する
379
国内PFS事業数(令和7年度末)
19
うちSIB(民間投資家資金活用)
80
PFS/SIBを認知している自治体の割合
10
実施経験のある自治体
PPP/PFIの拡大・多様化の一環として、成果連動型民間委託契約方式(PFS)の導入が進んでいる。国内のPFS事業数は令和7年度末時点で379件に達し、「PFSアクションプラン(令和5〜7年度)」の3年間目標90件に対して 実績は132件(達成率147%)と数値目標を大きく上回った。
しかし、この数字には構造的なギャップが潜んでいる。379件のうち、民間投資家の資金を活用する SIB(ソーシャル・インパクト・ボンド)は19件、全体の約5%にすぎない。令和5年度の実態調査では、PFS/SIBの存在を認知している自治体は約80%に達する一方、仕組みを詳しく理解しているのは17.0%、実施経験がある自治体は10%未満である。
内閣府が重点3分野として推進する「医療・健康」「介護」「再犯防止」では、八王子市の大腸がん検診SIB、神戸市の糖尿病性腎症重症化予防SIB、豊田市の介護予防PFS「ずっと元気!プロジェクト」などが成果を出し始めている。だが、ここで問われるべきは「成果が出たあと、その事業はどこへ行くのか」という問いである。
PFS/SIBは「実証フェーズ」である
ガイドラインとBrookings研究を根拠に、成果連動の本質は永続スキームではなくエビデンス構築であることを示す
PFS/SIBは永続するスキームとして設計されていない。内閣府の共通的ガイドライン(令和6年2月改訂)は、PFS事業終了後に「追跡調査等を行い、事業目標の達成についても評価を行い、新たなエビデンスを作ることが重要」と明示している。PFSの本質は エビデンス構築フェーズ であり、「この介入は効果があるのか」を成果連動の仕組みで検証する装置として位置づけられている。
Brookings Institutionも同様の視点を示す。PFS(Pay for Success)ファイナンスは「段階的戦略の一部として使い、成功したサービスを政府の直接資金で拡大する」アプローチとして位置づけられている。成果連動は目的ではなく、手段である。
成果が実証された後の選択肢は、大きく3つに分岐する。
| 経路 | 内容 | 代表事例 |
|---|---|---|
| 固定委託への移行 | 成果実証後、通常の行政事業として継続 | 岡山市「続!おかやまケンコー大作戦」 |
| 成果連動の継続 | PFSスキームを維持して複数年実施 | 豊田市「ずっと元気!プロジェクト」(5年間) |
| 終了・エビデンス蓄積 | 事業は終了し、次の施策立案に活用 | 神戸市SIB、八王子市SIB |
岡山市の「おかやまケンコー大作戦」は、約3.7億円規模のSIBとして5年間実施された後、「続!おかやまケンコー大作戦」として通常事業に移行した。一方、神戸市SIBは最終目標未達で終了し、八王子市SIBは3年間の成果報告書を公開して後継事業の参考資料とした。いずれのパターンでも、移行のプロセスは制度化されておらず、個別の判断に委ねられている。
海外の「その後」を見る
ピーターバラ(政策変更で強制終了)、Aspire(グラント移行)、HIV SIB(政府が全国展開)の3事例を比較
海外では、SIBの「実証フェーズ」が終了した後の展開が複数のパターンで観察されている。
ピーターバラSIB(英国、2010〜2015年)
世界初のSIBは、ピーターバラ刑務所の出所者を対象とした再犯防止プログラムである。17名の社会投資家が初期資本を提供し、再犯率を対照群比 9%削減する成果を上げた(目標7.5%を超過達成)。投資家リターンは年率約3%。
しかし、このSIBは「成果が出たから固定委託に移行した」のではない。2015年7月、英国政府の「Transforming Rehabilitation(TR)」改革の導入により、第3コホートはSIBモデルではなくFee For Service(固定サービス料)方式に移行して実施された。パイロットSIBは政策の優先度変化により予期せず終了しうるという教訓を残した。
Aspire SIB(オーストラリア、2017〜2024年)
Aspire SIBは、南オーストラリア州で慢性的なホームレス状態にある人を対象としたHousing Firstアプローチである。7年間で 575人が支援を受け、81%が住居を確保、85%が入居を維持した。投資家リターンは年率14.1%と目標シナリオ8.5%を大幅に上回る。
注目すべきは終了後の移行である。2024年6月のSIB終了後、南オーストラリア州政府はグラント(通常補助金)でプログラムを継続する判断を下した。「A proven solution for countering chronic homelessness, Aspire will live on beyond the SIB」と公表されている。移行先は「固定委託」ではなく「補助金」という形式であり、公共サービス調達の慣行が移行の形態を規定する好例である。
HIV SIB(英国ランベス区、2018〜2021年)
ロンドン・ランベス区のHIV SIBは、救急部門でのHIV検査拡充を目的とし、460人以上がHIV治療に参入(新規診断209名、再導入256名)。推計生涯ヘルスケアコスト削減効果は 9,000万ポンド超に達した。
このSIBの移行プロセスは理想的なパターンとして注目される。独立した費用効果分析によるエビデンス構築、HIV委員会報告書を通じた国家戦略への統合を経て、2021年12月に政府が全国規模の救急部門HIV検査展開に2,000万ポンドを拠出した。「SIBパイロットからエビデンス構築、そして政府による全国展開」という経路が成立した数少ない事例である。
日本での移行の構造的課題
予算確保・WTP固定化・クリームスキミング・競争入札の4課題を分析
海外事例が示すように、成果が実証された後の移行は自動的には進まない。日本固有の制度的障壁は4つある。
予算確保の壁。PFS事業は「債務負担行為」(地方自治法に基づく議会の議決事項)を設定することで複数年契約を可能にしている。しかしPFS終了後に固定委託へ移行する際は、改めて通常の予算措置が必要になる。「成果が出た」からといって自動的に継続予算が確保されるわけではない。
WTP固定化の罠。令和6年改訂ガイドラインはWTP(Willingness To Pay:支払意思額)の概念を明示した。WTPは「目指す成果達成のために最大限支払ってもよいと判断できる額」だが、PFS期間に設定したWTPが固定委託時の単価算定の基準となることで、成果指標の固定化・硬直化が生じるリスクがある。
クリームスキミングの構造化。成果指標の達成を優先するあまり、支援しやすい対象者(比較的状態の良い対象者)を優先し、最も困難な対象者が取り残されるリスクがある。Hevenstone(2023, Public Administration Review)は「SIB契約は、Pay for Results文献に見られる意図せぬクリーミングを制度化した」と指摘する。
競争入札による継続性の断絶。SIBでは投資家・中間支援組織・サービス提供者がパッケージとして組成されるが、固定委託移行時には改めて競争入札が必要となる。実績ある事業者が選定されない可能性があり、継続性を担保する制度設計は未整備である。
SIBの批判的視点
取引コスト・成果連動の形式化・投資家リターン設計の困難さに関する批判的研究を紹介
取引コストの重さ
Oxford GoLab(Blavatnik School of Government)の研究によれば、SIBの「設計・交渉・実行・モニタリング」に要するコストが複製・拡大の主要な障壁となっている。日本では中間支援組織(コンサルティング会社等)が案件形成から伴走支援まで担い、このコストが事業費に上乗せされる。内閣府は「事業組成パック」(複数自治体が共通スキームを利用できるパッケージ)の策定でコスト軽減を図るが、根本的な解決には至っていない。
成果連動の「形式化」
「成果連動」が実際には形式化しているという批判がある。成果指標の設定自体が既存サービスで達成可能なレベルに設定されており、本来の「革新的なサービス提供への誘因」として機能していないとする研究が複数存在する。八王子市SIBでも「成果指標の設定に課題も」との指摘がなされている。
投資家リターン設計の困難
ピーターバラSIBの投資家リターンは年率約3%(低リターン)で、多くのSIBが社会的投資家を前提に設計されている。Aspire SIBの年率14.1%は例外的なケースである。日本でSIBが19件(全PFSの5%)にとどまる背景には、資金提供者への適切なリターン設計の困難さが反映されている。
成果連動の先を接続する
EBPMとロジックモデルの接続、レセプトデータ活用、予防型自治体経営への展望
PFS/SIBの379件が蓄積したエビデンスを、行政の構造変革にどう接続するか。ここに2つの接続経路がある。
EBPMとの制度的接続
内閣府の「EBPMアクションプラン2024」(令和6年12月)では、デジタル技術による行政データ活用と ロジックモデル構築が推進されている。PFSの「成果指標設定」はEBPMのロジックモデルに直接対応しており、制度的な接続が進む可能性がある。
具体的には、デジタル住民基本台帳・税・社会保障データの活用で成果測定のコストが低下し、レセプトデータ(医療費データ)の活用で医療費削減効果の精緻な計測が可能になる。神戸市SIB・八王子市SIBでは既にレセプトデータを活用した成果測定が実践されている。
予防型自治体経営への展望
PFSが最も機能するのは「予防」の領域である。豊田市「ずっと元気!プロジェクト」は5年間・5億円規模で 2年間の介護給付費削減効果を約3.7億円と推計した。糖尿病性腎症重症化予防、介護予防、再犯防止といったPFS事業の蓄積は、「プリベンション型自治体経営」の基盤となりうる。
ただし「予防効果」の計測は本質的に困難である。反事実的な問い(介入しなかった場合どうなっていたか)への回答が必要であり、統制群設定のコストも高い。これがPFS普及の構造的な障壁でもあり、デジタル行政データとの組み合わせによるコスト低下が鍵となる。
まとめ
PFS/SIBは「実験室」である。問われるべきは実験の成否ではなく、実験結果を誰がどう使うかという点にある。379件の事業が生み出したエビデンスを、固定委託への移行設計、EBPMへの接続、予防型自治体経営の基盤として活用する制度設計が次の課題となる。
海外の事例が示すのは、移行は自動的には起こらないという事実である。ピーターバラは政策変更に翻弄され、Aspireは7年の実証を経てようやくグラントに移行し、HIV SIBはエビデンスの質と政策接続が移行を成立させた。日本の379件も、成果連動の「出口設計」を最初から組み込むことが必要である。
官民連携のリスク分担設計
失敗事例から学ぶ「誰が何のリスクを負うか」
公共施設マネジメント実践ガイド
総合管理計画の次にやるべきこと
スモールコンセッションの資金調達
小規模PPP/PFIのファイナンス設計
参考文献
成果連動型民間委託契約方式(PFS)共通的ガイドライン — 内閣府 成果連動型事業推進室 (2024)
令和5年度 PFS(成果連動型民間委託契約方式)/SIB(ソーシャル・インパクト・ボンド)実態調査 — 三菱UFJリサーチ&コンサルティング (2024)
Problem to Program to Public Policy: How Outcomes-Based Financing Strengthened England's Health System — Brookings Institution (2023)
Mainstreaming Social Impact Bonds: Creaming and Parking in Pay-for-Results Contracts — Sally Hevenstone (2023)