豊明市モデル — 人口7万人の自治体が優先的検討規程を使いこなす実務(「民間活用事業」という命名戦略)
人口7万人の愛知県豊明市は、人口10〜20万人未満で策定率が約2割にとどまる空白地帯にありながら、平成30年度に優先的検討規程を整備した先行事例である。「PPP/PFI」ではなく「民間活用事業」と呼び替える命名戦略、民間活用推進室・審査委員会・アドバイザーの3点セット、国基準より低い事業費基準、指定管理更新の制度的な取り込み、公共施設包括管理業務委託のスモールスタートまで、小規模自治体が参考にできる実装ポイントを整理する。
ざっくり言うと
- 人口10〜20万人未満の優先的検討規程策定率は令和4年度末時点で約2割にとどまり、人口7万人の豊明市は平成30年度に規程を整備した先行自治体である
- 「PPP/PFI」ではなく「民間活用事業」という庁内呼称を採用し、全職員への共通理解の浸透と用語アレルギーの回避を両立させた命名戦略が特徴である
- 民間活用推進室・民間活用審査委員会・民間活用事業アドバイザーという3点セットの組織設計と、国基準より低い事業費基準、指定管理更新の対象取り込み、包括管理業務委託のスモールスタート運用を組み合わせている
なぜ豊明市モデルが注目されるのか
人口10〜20万人未満の策定率が約2割という空白に対し、人口7万人で先行した意義
約7万人
愛知県豊明市の人口規模
約2割
人口10〜20万人未満の優先的検討規程策定率(令和4年度末)
約8割
人口20万人以上の優先的検討規程策定率(令和4年度末)
平成30年度
豊明市の優先的検討規程策定時期
PPP/PFIの優先的検討規程は、内閣府の手引きに基づき、一定規模以上の公共施設整備にあたって民間活用の可能性を「まず検討する」ことを義務づける庁内ルールである。令和6年改定のPPP/PFI推進アクションプランでは、策定要件が人口10万人以上から5万人以上へと引き下げられた。
しかし、実際の策定状況には大きな偏りがある。
人口20万人以上の市区町村では約8割が優先的検討規程を策定している一方、人口10〜20万人未満ではおよそ2割にとどまる。人口5〜10万人の自治体ではさらに策定率が低いと考えられる。要件引き下げに伴い対象となる自治体は大幅に増えたが、「策定できる組織体力を持つ自治体」との間には大きなギャップが存在する。
この空白地帯のなかで、人口約7万人の愛知県豊明市が平成30年度に優先的検討規程を策定し、その後の運用を積み重ねてきた事例は、内閣府の解説セミナー(2023年度実施)などでも繰り返し紹介されてきた。なぜ「策定できる自治体」と「できない自治体」があるのか。豊明市の取り組みには、規模に頼らず制度を「使いこなす」ための工夫が凝縮されている。
命名戦略 — 「PPP/PFI」ではなく「民間活用事業」
豊明市の取り組みで最も特徴的なのは、庁内で使用する呼称である。同市は「PPP/PFI」という用語ではなく、「民間活用事業」という呼称を採用している。
なぜ呼称を変えたのか
「PPP/PFI」は、PFI法や関連制度を学んだ職員にとっては一般的な用語である。しかし、企画・財政部門の外側、すなわち施設管理・現業・福祉・教育などの現場担当者にとっては、「自分の業務とは関係の薄い専門用語」と受け止められがちである。特に「PFI」という略語は、コンセッションなど大規模事業と結びつけて語られることが多く、小規模自治体の職員には「うちには関係ない」という距離感を生みやすい。
「民間活用事業」という呼称は、この用語アレルギーを回避しながら、以下の実務的効果を生む。
- 対象の広がりを自然に示せる:指定管理、包括管理、Park-PFI、設計施工一括、PFI法案件まで、「民間を活用する事業全般」を同じ言葉で括れる
- 現場担当者の心理的ハードルを下げる:「民間を活用する」という行為は、どの部局でも想像しやすい
- 議会・市民への説明が容易になる:略語を展開する必要がなく、目的が一語で伝わる
呼称が組織行動を変える
言葉は思考の枠組みを規定する。「PPP/PFIの検討」と言えば企画・財政の仕事だが、「民間活用事業の検討」と言えば、施設所管課の日常業務の延長線上に位置づけられる。豊明市の呼称選択は、単なる言葉遊びではなく、 全庁的な当事者意識を醸成するための制度設計 である。
組織設計の3点セット
民間活用推進室・民間活用審査委員会・民間活用事業アドバイザーの役割分担
豊明市の優先的検討規程の運用を支えるのは、以下の3点セットの組織設計である。
1. 民間活用推進室
企画部門内に設置された専門組織で、民間活用事業の司令塔として機能する。縦割りを超えて、各部局が所管する施設・事業の案件を横断的に把握し、優先的検討規程のプロセスに乗せる役割を担う。
小規模自治体では専任組織を置くことが難しく、企画担当が「PPP/PFI担当」を兼務する形が一般的である。豊明市が「推進室」という名称を付けた意味は、 対外的にも対内的にも継続的な推進母体が存在することを明示する 点にある。
2. 民間活用審査委員会
案件ごとに民間活用の是非・手法を審議する委員会で、外部委員を含めて構成される。優先的検討規程のプロセスにおいて、内部評価だけでなく外部の知見を取り入れる仕組みである。
外部委員の参加は、以下の効果を持つ。
- 内部論理だけでは排除できない「前例主義」へのブレーキ
- 民間事業者の視点からの実現可能性評価
- 透明性の確保と議会・市民への説明責任の強化
3. 民間活用事業アドバイザー
特別職として外部専門家を任用し、個別案件の初期段階から助言を得る仕組みである。審査委員会が「審議」の場であるのに対し、アドバイザーは「伴走」の場として機能する。
小規模自治体が最もつまずきやすいのは、「どの施設・事業を優先的検討の対象とすべきか」「どの手法が現実的か」という初期判断である。ここに外部の知見を恒常的に組み込むことで、属人的な判断から脱却できる。
事業費基準の引き下げ
建設1億円・運営3,000万円という国基準より低い基準設定の意図
優先的検討規程では、「どの規模以上の事業を優先的検討の対象とするか」を事業費基準として定める。内閣府の手引きは一例として、建設事業費10億円以上、または運営費年間1億円以上を目安として示している。
豊明市は、この国基準よりも低い基準を採用している。内閣府のセミナー解説によれば、建設1億円・運営3,000万円程度を基準としている旨が紹介されている。
なぜ引き下げたのか
人口7万人規模の自治体にとって、建設費10億円級の事業は数年〜十数年に一度の頻度でしか発生しない。国基準をそのまま採用すれば、「優先的検討規程に該当する案件が当面発生しない」という事態になりかねない。規程は存在するが運用されない、という形骸化である。
基準を引き下げることで、以下の効果が生まれる。
- 中規模以下の案件(学校施設の空調更新、福祉施設の改修、複数施設の包括管理など)を対象に含められる
- 規程の運用が年に数件発生し、 組織として運用ノウハウが蓄積する
- 民間事業者にとっても「この自治体は中規模案件でも民間活用の可能性を検討している」というシグナルになる
基準設定は規模に合わせるべき
国基準は「大規模自治体を含めた平均的な目安」に過ぎない。小規模自治体が同じ基準を採用すると、制度と実態が乖離する。豊明市の事例は、 規程の基準は自団体の事業規模分布に合わせて設計すべき という原則を示している。
指定管理更新を優先的検討の対象に
既存施設の見直し機会を制度的に捕捉する運用
豊明市の運用のもう一つの特徴は、指定管理者制度の 更新タイミングを原則として優先的検討の対象に含めている 点である。
指定管理更新は「見直しの好機」
指定管理者制度は、多くの自治体で5年程度の期間で更新される。更新時は、事業者選定のタイミングであると同時に、「そもそもこの施設を今後どう運営するか」を見直せる貴重な機会である。しかし、実務では「前回と同じ仕様で公募する」という前例踏襲に流れやすい。
豊明市のように、指定管理更新を優先的検討のプロセスに乗せることで、以下の問いが制度的に発生する。
- 指定管理の継続で良いのか、別の手法(包括管理・コンセッション・用途変更・統廃合)が適切ではないか
- 複数施設を束ねて公募する余地はないか
- 利用料金制の導入や、自主事業の拡大余地はないか
新規整備だけでは規程が動かない
優先的検討規程は、ともすれば「新規に大規模施設を整備する場面」でしか想起されない。しかし、小規模自治体では新規整備案件は稀であり、 ストック管理の見直しこそが主戦場 である。指定管理更新を対象に含める設計は、規程の運用機会を大幅に増やす実務上の工夫である。
公共施設包括管理業務委託の実践
複数施設の保守修繕一括化とスモールスタート→段階拡大
豊明市は、公共施設包括管理業務委託(複数施設の保守・修繕・点検を一括して民間事業者に委託する手法)の実践でも知られる。内閣府のセミナー資料では、スモールスタートから段階的に対象施設を拡大していく運用が紹介されている。
スモールスタートの意味
包括管理業務委託は、一度に全施設を対象とすると、仕様策定・事業者選定・庁内調整のすべてで負荷が集中する。小規模自治体では、この初動の負担がそのままプロジェクト頓挫のリスクとなる。
豊明市のアプローチは、まず限定的な施設群から始め、運用が安定してから対象を広げるというものである。これにより、以下のメリットが得られる。
- 初年度の失敗コストを小さく抑えられる
- 運用ノウハウを蓄積しながら段階拡大できる
- 民間事業者との関係性を試行期間を通じて築ける
包括管理は「民間活用事業」の象徴
包括管理業務委託は、PFI法案件のように派手ではないが、小規模自治体にとって現実的かつ効果が見えやすい手法である。「民間活用事業」という呼称の下でこの手法を位置づけることで、 派手さのない実務型の民間連携が正当に評価される土台 ができる。
他自治体への示唆 — 4つの実装ポイント
豊明市モデルから、人口20万人未満の自治体が参考にできる実装ポイントを4つに整理する。
1. 呼称を変える — 「民間活用事業」という入り口
「PPP/PFI」を庁内の共通語にしようとすると、用語の壁で議論が止まる。目的を素直に表す日本語(「民間活用事業」等)に置き換えるだけで、議論の参加者が広がる。
2. 組織を3点で設計する — 推進室・審査委員会・アドバイザー
専任組織が置けなくても、以下の3役割を誰かが担う体制を作ることが重要である。
- 事務局機能(案件を集約・進捗管理する主体)
- 審議機能(内部完結させない外部委員の関与)
- 伴走機能(個別案件に助言できる外部専門家)
3. 事業費基準を自団体の規模に合わせる
国基準をそのまま写すのではなく、 自団体で年に数件は優先的検討が発動する水準 に基準を設定する。規程は「書いてあること」ではなく「動いていること」に意味がある。
4. 既存施設の見直し機会を制度で捕捉する
指定管理更新、大規模改修、長寿命化計画の改定など、既存施設に関する節目を優先的検討の対象に含める。新規整備だけを対象にすると、規程は数年に一度しか動かない。
まとめ
豊明市モデルが示すのは、「優先的検討規程は、自治体の規模ではなく、設計と運用の工夫で使いこなせる」という事実である。人口10〜20万人未満の策定率が約2割にとどまるなかで、人口7万人の自治体が先行できたのは、命名戦略・組織設計・基準設定・運用対象のすべてを「自団体の実態」に合わせて設計したからである。
優先的検討規程の対象は令和6年改定で人口5万人以上へと拡大された。新たに対象となる自治体にとって、豊明市の事例は「大規模自治体の真似をする」のではなく、「自団体に合わせて制度を仕立て直す」ことの重要性を示す先行例である。
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参考文献
優先的検討規程策定・運用の手引 (2022)
PPP/PFI推進アクションプラン(令和6年改定版) (2024)
豊明市公式サイト (2024)